妊婦もイロイロ

今回の入院で印象深かったのは、同室のとある妊婦さんだった。
自分自身は最初の妊娠が判明し以降、本や雑誌やネットで妊娠・出産・育児に関わる情報をいろいろ集めたし、周囲の人やお医者さんの話もいろいろと耳を傾けた。(とはいえある程度都合よく取捨してるんだけどね)
そして、私の周囲にいたプレママさん&ママさんも程度の差こそあれ、情報には貪欲な人が多かったと思う。
・・・が、妊婦さんが誰でもそういうワケではないということを、今回はまざまざと実感させてもらうことになった。
彼女は私が入院してから1週間後に入院してきた、まだ妊娠週数が20週くらいの人だった。
子宮頚管が1.5cmの短さだということで急遽入院した点では私と同じような流れだったのだけど、彼女の自分の妊婦生活に関する認識は私とは全く異なっていた。
「いや、自分の感覚では全然元気なんですよー。
昨日まで温泉旅行にも行ってたし、家では毎日ゴロゴロしてて好きな物を食べてタバコも吸ってたけど体調はバッチリ!
なのにいきなり入院しろって言われてすごく心外。
私、お肉とケーキ以外は食べたくないから病院食なんてきっと喉を通らないですよ。
早く退院したいぃ〜っ。
そんな彼女の見た目はKONISHIKI系の太り方とやや色黒な肌をしていて、多分推定体重は120kgあたりかと。。。
正直言って、あきれてモノが言えなくなってしまった。
とはいえこれはあくまでも他人の話。彼女のことを大して知らない私が説教クサイことを言っても角が立つだけだろうと思いつつも、説教クサイ言葉以外の返す言葉が見つからなかったため、無言で話を聞き流していた。
が、しかし他の同室の患者さんは、
「うわ〜、ストレス溜まりそうで大変ですね。旦那さんはどうしてるんですか〜?」
などと面白そうに先の話を促していた。
こんな時、私の中ではどうにも独善的な潔癖症的拒絶反応がバリバリと表れてしまう。
彼女が入院する前、同室の患者さん同士で話をしていた時は、
「体重管理って大切よね」
「お酒やタバコなんて絶対ダメよね」
と言い合っていた筈の人たちが、今こうしてそんなコト屁とも思っていない人を目の前にして忠告するでもなく黙するでもなく、逆に面白がってどんどん個人的なコトを喋らせようとしている。
その様子がどこかの女性誌でたまに掲載されている”私の目撃したバカっ母”とかをナマで目撃して面白がっているように見えてしまって、ますます私自身は黙りこくってしまった。
偏見まる出しなコメントで申し訳ないけれど、私は今までの経験則として
”食べ物の好き嫌いの激しい人はワガママである可能性が高い”
と判断し、この同室の彼女とはあまり関わらずに済ませようと意を決した。
彼女は入院してからわずか2日でその不良妊婦生活ぶりが看護婦さんの観察眼と各種の検査結果によって露呈してしまったらしく、「妊娠糖尿病」という立派な病名がつくとともに、家族同席のもと禁煙を厳命され、病院食以外の食事も禁止となってしまった。
当然の結果ではあるものの、その日彼女は本気で落胆していた。
「だって、今まで糖尿病だなんて言われたコトなかったんですよ〜」
(それは単にそういう検査を今まで受けていなかっただけなんじゃ・・・?)
「タバコだって、外来で通院していた時は”ストレスを溜めない程度に吸うのは構わない”って言われてたんですよ〜」
(それはストレスと妊娠経過を秤にかけた上でのギリギリの判断であって、入院するレベルになった今だからこそ禁止されたのでは・・・?)
「食欲なんてなくなっちゃう〜」
(数日はそのくらいの方がいいんじゃないか・・・?)
彼女の言っているコトにいちいちケチをつけてしまう意地悪な自分がいたものの、私から見れば当然の結果と思えるような話に今さらショックを受けている彼女の様子に、正直本当に戸惑ってしまった。
そして、彼女の話で一番意外だったのは、
「私、不妊治療を受けてたけど、1年ちょっとですぐ妊娠できたから自分はラッキーだと思ってたんですよ〜」
という言葉だった。
結婚してから5年以上子供ができず、30代も後半になったことでにわかに心配になって不妊治療に通い始めていたとのことだった。
不妊治療する程子供が欲しかったのなら、なんでそんな不健康妊婦生活をしてたんだ???
ますます戸惑うばかりだったけれど、彼女のそんなとりとめなく続くお喋りや、週末に長時間お見舞いに居座る旦那さんとのやりとりや、外来でのお医者さんとの逸話を聞くうちに、なんとなく、なんとな〜く、原因がわかってきたような気がした。
どういう理由からかは推測するしかないけれど、何故か、多分彼女は長いこと周囲の人たちから甘やかされて過ごしてきていて、自分の耳に心地良い言葉しかかけてもらっていなかったんじゃないかという気がしてきたのだ。
彼女の喫煙を快く思っていなかった旦那さんは、彼女が
「お医者さんも多少は吸ってもいいって言ってたし、4ヶ月くらいまでは吸っても問題ないらしいよ〜」
という言葉を鵜呑みにしていたと彼女自身は語っていたけれど、今どきそんな話を簡単に信じる一般成人はいるわけない。ましてや旦那さんは禁煙に成功してタバコを吸わなくなった人だという話だから、妊婦と喫煙の関係がどれだけマイナスかある程度知っていた筈だと思う。
けれど旦那さんは彼女のタバコをきちんと咎めなかった。
不妊治療で通っていた病院。糖尿病や肥満の妊婦さんは難産になりがちだという統計はいろんなところで発表されている。でも、不妊の治療はしても妊娠してからのケアについての指導はしていなかったんだろうか?
そして彼女に喫煙を許可した外来の担当医。不妊治療の末の妊娠で、明らかに肥満である彼女のストレスケアに、そんなリスキーな方法を許した理由はなんだったんだろう?
本当の意味で彼女の体をちゃんと心配してあげないといけない筈の人達から、彼女はお茶を濁されて今に至ってしまったんじゃないかという感じがしてきて、最初は腹立たしく思っていた彼女の言動がだんだん気の毒になってきてしまった。
とは言っても、彼女の家族やお医者さんを差し置いて私がいろいろ口出しするのもやっぱり勇気が出なくて、私にできることと言えば、食事制限を受けている彼女の前ではお裾分けのお菓子を断るようにしたり食べないようにしたり、自分の家族にも「持ってくるな」と言うくらいが関の山だった。
そして、私が遂に退院を前提に点滴を外してもらえた日、久しぶりに彼女から
「わぁ〜、もうすぐ退院できそうなんですね〜。うらやましい〜。」
とため息混じりに話しかけられた。彼女の方は目下、毎食の前後に血液の血糖値を測るという面倒に煩わされている状況だった。
この時は彼女が切に退院したがっている気持ちが伝わってきたので、私もやっと思うことを普通に話すことができた。
「地味で退屈だけど、無茶をしないでお医者さんの言葉通りにひたすら安静にしていれば、もともと体調が悪いわけではなかったって話だし、そのうちきっと子宮頚管もいい状態に戻りますよ。
ただ、ここは大学病院だし、なんか管理入院みたいになっちゃいそうな様子だから、ウッカリお医者さんのペースに任せっきりにしていると無駄に時間を費やされる可能性はあるから、自分の経過をまめにお医者さんに聞いて、効率的に速やかに検査して治療方針をきちんと決めてもらえるよう働きかけた方がいいですよ。
その上で、あとは入院中はひたすら我慢で頑張って、自宅安静でもOKと思わせるようにするしかないんじゃないかと思いますよ。
とにかく退院さえしたら、タバコだって食事だって自分の好きな加減に戻せるんですからね♪」
最後の言葉はやや無責任ではあるものの実際その通りだし、それに、私の希望的観測としては、ある程度の期間タバコの禁煙に成功したら、多分それ以降はそんなに積極的に吸いたいという気持ちは無くなるんじゃないかと思ったから、今我慢をするための励みとして言ってみた。
こんな知ったふうな私の言葉を彼女が素直に聞いてくれるものか不安だったけれど、予想に反して彼女はとても素直に頷いてくれた。
もし彼女が本当に根っからのワガママ女で、自分に起きるトラブルを全て他人のせいにするような人だったら、自分が我慢をしなければならない前提の話に耳を傾けるようなことは決してしなかったと思う。
だから、彼女のこの反応を見て、私は自分が彼女に対して冷たかったことを退院直前になって後悔した。
今現在、私が退院してから丁度1週間が経過している。
明日は病院へ検診に行く予定なので、もし時間の都合ができれば、ちょっと気恥ずかしいけれどもお見舞いに行ってみようかと思う。
お土産には紅茶のティーパックを用意したのだけれど、これなら問題ないかなあ?
彼女がどんなお母さんになるのか想像もつかないけれど、私には想像できないようなハッピーなお母さんになってくれたらいいな、と願うばかりだ。