そうそう、読みました♪

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

なるほど〜、「半島を出よ」よりも読み易かったです。
そして、コンセプトが一本気で面白かったです♪
”太平洋戦争で日本が降伏しなかった”という選択肢の歴史をたどったパラレルワールドに迷い込んだ主人公が見た日本のお話。
完璧な国になったわけではないのだけれど、日本人の国民性が洗練されたらこんな風になれたんじゃないかという作者の思い入れが伝わってきました。それで日本の未来が明るいのかどうかはわからないけれど、たとえその先に死があったとしても、生き方に迷いがないことで人生が満たされている状態にあることの、1つの幸せの形を考えさせられました。
ただ、それもまた1歩間違えば狂信的で危うい要素を持ち合わせているようにも思えるのですが・・・。
とはいえ確かに、今の日本では生々しく「生きる」ことの重みを感じることがあまりできないことは残念だと私も思います。
「生きる」ことを極限の状態の中で見つけるのも1つのテだとは思うのですが、私の好みとしては、カメハメハ大王の歌みたいな時間の流れで、生きる糧を1つ1つ大事に思いながら暮らしてゆくのがいいなぁ〜。
ちなみに同じ世界を基本設定にした別の小説「ヒュウガ・ウイルス」もちょっと興味あるなぁ。
村上龍の作品を2つ読んだことになるのだけれど、小説家からしたらそれはどうかとも思うのだけど、作品を読んでみた一読者としては、作品の内容もさることながら作者の脳内構造の方に興味が向くという奇妙な思考回路が働いてしまった。
村上龍は、日本の現状に対する不満をマシンガンをぶっ放すとかテロ攻撃を行うとかいう形で表わしてみたいと思っているんじゃないかなぁ、そして、その程度の攻撃でアッサリやられてしまう相手なら「逝ってよし」と思っていそう♪
・・・などと考えてしまった。
とはいえ、それを文章にできる人は実際にそれを実行したりはしない人だと思うので、決して私は村上龍さんを危険人物だとは思っていないことを一応言っておこう。(^o^;
そして、そんなコトのついでに自分自身であればと考えた時、
「私だったらマシンガンとかテロ攻撃とかで”逝ってよし”的にはやらないかなぁ。
それよりも、不満に思っている対象に罠を仕掛けて追い詰めて、相手が
『たすけてぇ〜〜〜〜〜っ!』
と悲鳴を上げるのを聞いて喜んで、ニヤリとしてから救いの手を差し伸べてみたいんだなぁ。」

などと思った自分が少しコワイと思った。。。。