柵の中の人

リストラ後に残った不要な人は“柵で囲った牧場”にと大前氏

・・・・・まあ、概ね賛成かな。
確かに、仕事ができない、というか仕事を真剣にしない人、しないけど既得権益は最後まで守りたいという人が会社の脂身になっているケースはある。
会社の経営が傾いた時に、利益を生み出す集団として効率的なボディに作り直すとしたらそれが正解だとは思う。
ただ、どの会社の経営者なり人事担当者なりが一番頭を抱えるのは、その「要らない人」をどう選り分けるかだと思う。
人情の問題で悩んでいるレベルについては「そのまま泥船で全員沈んでしまえ」と言っちゃっていいと思うけど、普通に考えた時、大前氏が言っている「1の仕事」を常に誰もがやれているとは限らない。今担当している仕事が本人にとってマッチしていれば1どころか2くらいの仕事をやれている人はいるし、その逆もある。また、業界そのものの好不調の波で、ポテンシャルはあっても発揮できるチャンスに恵まれない人もいる。
その幸運・不運も本人の能力の結果の一部かもしれないけれど、それを選別するのって・・・ホント難しいだろうな〜と心底思う。
それで、難しいから結局実績から選別するしかないという結論に至ることが多いのだと思うけれど、マイナスとなった0.3の部分のせいで残り0.7の部分の評価も切り捨てられてしまう人って、(間が悪かったかもしれないとは言っても本人のせいだから仕方ないけど)残念だよなぁ〜、と思う。
そして最も残念なのは、一度柵の中、もしくは柵どころかリストラで完全に追い出された人が挽回するチャンスが少ない世の中になっていること。
こういうことの積み重ねが、格差社会を作っていってしまうんだろうな、と思う。
実力が格差に繋がるのなら、ある程度は敢えてそれを受け入れるべきかとは思うけれど、その結果で生まれた経済格差の負荷は子供には極力与えたくないので、せめて教育だけは、国のレベルで最大限カバーして欲しいな、と切に思う。